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2011/12/25 第10回演奏会は終了しました。1,300名を超えるご来場、ありがとうございました。次回の演奏会は未定です。決まりしだい、お知らせいたします。

終わりに

どちらかというと常に哲学的、形而上学的な面での悩みや苦しみ、救済への希望を音楽としてきた彼にとって、実に生々しい実生活と表裏一体となった愛と死と生のかくも赤裸々な、かくも烈しい葛藤を音楽にすることはこれまでよく為しえなかった。 その意味で第10は、正に創造力の絶頂期に史上最高の音楽である第9交響曲に続き構想された、第9に並ぶ彼の最高傑作といえるだろう。 かつて諸石幸生氏は、マーラーの第9交響曲について、「あらゆる演奏家を生まれ変わらせるというのか、毎回奇跡を起こさせてしまう」と、底知れぬ魅力と魔力を実に見事に指摘しておられた。 私事にて恐縮だが5年前、筆者が東京にて第10交響曲全曲版のアマチュア日本初演を金子建志先生の指揮で行った時も、正に同様の「奇跡」が起きたと(甚だ手前味噌ながら)感じたものである。 アマチュアで二回目となる本日の演奏が、この汲めども尽きぬ深泉よりいかほどのものを引き出せるかわからない。 が、真の信仰者の祈りと同様の気魄をもって、演奏という再創造行為に献身し、追及を行い続けるならば、アマチュアとしての技量的な限界があったとしても、諸石氏の指摘する第9の顰みにならった、演奏する我々も聴衆の皆様も「変容」してしまうような「奇跡」を起こし得る、と確信している。 本日この場に居合わせた全ての人にとって、そのような音楽体験となる演奏を目指して、本日演奏する奏者一同、全力を尽くしたいと考えている。

目次

高橋 広
純朴無比なアマチュアヴァイオリン奏者。 一部では子供の名前に楠強(グスタフ)とつけようと本気で考えていただの、日本で演奏されたアマオケによるマーラー交響曲第10番完成版の演奏会の全てに出演しているだのといった忌まわしい噂が流れているが、はっきり言って全て事実である。 最も熱愛する作曲家はブルックナーとマーラー(この二人にバルザック、ドストィエーフスキィ、トーマス・マンを加えた5人が自分にとって至高の存在)だが、バッハ、ベートーヴェン、コルンゴルト、シュレーカー、シベリウスといったオーソドックスな作曲家も愛しぬいている。 2008年オスフィルでのマーラー交響曲第6番が自身32回目のマーラー演奏となるが、マーラーのエイジ・シューター(年齢の数だけマーラーを演奏)にはあと一歩届かず、無念の日々を送っている。