「音楽はライヴが面白い ♯2」
怪物トロンボーン奏者のクリスチャン・リンドベルイが指揮者として来日する! これは聴き逃すわけにはいかない、ということで京都コンサートホールまで足を運んだ(2007年6月9日)。 不勉強で知らなかったのだが、リンドベルイは故郷スウェーデンにある「ノルディック室内管弦楽団」の首席指揮者としてキャリアを積んでいるとのことで、今回もその手兵との来日。 さらに注目されるのはプログラム。 シベリウス、ラーション、リンドベルイ自身(!)という北欧出身の作曲家を並べた後、最後に演奏されるのは何故かベートーベンの7番。 この木に竹を接いだようなプログラミングが逆に興味惹かれた。
僕はこれまでに協奏曲やソロ・リサイタルでリンドベルイの演奏を聴いてきたが、彼が「完璧な」名手だとは思わない。 「完璧さ」という点では、僕が聴いた限りではヴィーン・フィルのバウスフィールドの方が遥に上手い。 にもかかわらずリンドベルイの存在を唯一無二のものたらしめているのは、「聴衆を楽しませよう」とする真摯な思いが直裁に伝わってくるところにあろう。 リンドベルイは極端な強弱の変化や多彩な音色で表情豊かな音世界を描き出す。 あまりにも変化が極端すぎて時々音がすっぽ抜けることがあるが、そのミスを補って余りあるほどの表現力で聴くものを魅了する。 そして、彼の表現はすこぶる即興的だ。 先を予測させない演奏が聴く者をワクワクさせる。 リンドベルイはアンコールでしばしば曲芸を交えた演奏を披露するが、それらも「聴衆を楽しませよう」とする真摯な思いの延長にあるものとして違和感なく受け入れられ、そして笑うことができるのである。
今回彼はトロンボーン・ソロのほか、指揮(トロンボーン協奏曲の「吹き振り」を含む)や作曲も担当したのだが、作曲家として、指揮者としてのリンドベルイもその姿勢は変わらなかった。
今回演奏されたリンドベルイの作品は名手アントンセンのために書いたトランペット協奏曲。 アントンセンの類稀な温かい音色に聴衆が耽溺できるよう、息の長い幻想的な旋律をソロ・トランペットに与えていた。 近代以降のトランペット協奏曲には、超絶技巧や特殊奏法を駆使したものもあるが、リンドベルイ作品はそれらとは一線を画する。 アントンセンの魅力を聴衆に余すところなく伝えようとした結果、この歌に満ちた作品が生まれたのだろう。
指揮者リンドベルイのバトンテクニックは、はっきり言って稚拙に見える。 左手に棒を持たされた操り人形とさえ言って良い。 おそらく指揮の正規教育は受けていないのだろう。 しかしながら、「何を表現したいか」は実に直裁に伝わってくる。 全身を大振りに鋭く動かすことで、オーケストラに今求めている表現を確実に伝える。 その姿は、カリカチュアに描かれたマーラーの指揮姿に脚の動きを付け加えたものと言ったら良いだろうか(マーラーもやはり指揮の正規教育を受けていなかったことを思うと興味深い)。
そうしたリンドベルイの棒から生み出されるオーケストラの音は実に鋭い。 音色はクリアで、音の立ち上がりがはっきりとしている。 氷のように冷涼なこの音色は、とりわけシベリウスに相応しい。 しかも今回演奏された「即興曲」は弦楽のみの作品である。 各パートが鋭角な音で自己主張することによって、簡潔なオーケストラから立体的な響きを引き出していた。
興味深かったのは、こうした彼らの鋭い演奏が、ベートーベンの演奏にも効果を上げていたことだ。 鋭く打ち込まれる弦のリズムはベートーベン7番という過激な「前衛作品」の毒を見せつけてくれる。 冒頭からパワー全開のホルンはフィナーレで明らかにバテていたが、むしろ体力を温存した演奏よりも遥に爽快だ。 彼らの演奏するベートーベンは、ブリュッヘンやガーディナーら古楽器演奏家による攻撃的なベートーベン演奏を髣髴とさせる。 そういえばブリュッヘンがTV番組のインタビューで「初演当時は(今日のように)再演されるとは思っていなかったのだから、初演で強く印象に残る演奏をしていたはずだ。私もそのような表現をしたい。」という意味のことを言っていた記憶がある。 リンドベルイとノルディック管も、聴衆との一期一会に最高に印象に残る演奏をしようとしているのではないだろうか。 原典には無いオーボエのソロを付け加える大胆な楽譜の変更、リンドベルイが曲によってシャツの色を変えるという芸の細かさ(トロンボーン・ソロ兼指揮者として演奏するときは黒色のシャツを、指揮に専念するときは紫色のシャツを着用していた)、これらも聴衆に印象の残る演奏をしよう、という意思を貫徹した結果だろう。
このように、リンドベルイ/ノルディック管の演奏会は「聴衆の印象に残る演奏」という一貫性があり、プログラムを見たときに感じた「木に竹を接いだ印象」は微塵も感じさせなかった。 一見「木に竹を接いだ」かに見えるプログラミングで言えば、僕の関西における活動拠点である京都フィロムジカ管弦楽団も負けてはいない。 ホームページで過去のプログラムを見ていただけるとお分かりいただけると思うが、なかでもハーティ、ヒンデミット、伊福部というプログラムは特に気に入っている。 今年12月の演奏会では山田耕筰、ハチャトゥリアン、シベリウスというプログラムを用意している。 そして僕たちも、「良い音楽を聴衆に届けたい」という一貫性によって、「木に竹を接いだ印象」を微塵も感じさせない演奏会を作り上げたいと思っている。
- 遠藤 啓輔
- 1973年、愛知県生まれ。 現在、奈良市在住。 オストメール・フィルハーモニカー管弦楽団、京都フィロムジカ管弦楽団トランペット奏者として活動する一方で、全国のコンサート会場に聴衆として出没する。 熱愛する作曲家はブルックナーとシベリウス。 自慢は、ブルックナー、シベリウス、マーラー、ショスタコーヴィチのすべての交響曲をライヴで聴いたこと。他の作曲家については言わずもがな。